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第一回 「大量消費時代から環境保全の時代への転換」
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吉田桂二(よしだけいじ)
昭和5年9月16日岐阜県岐阜市生まれ。昭和27年東京美術学校建築科(現東京芸術大学)卒業。同年(財)建築工学研究会・池辺研究室入所。昭和32年同所退所(株)連合設計社設立。昭和34年(株)連合設計社市谷建築事務所に改組。平成12年代表取締役就任。平成15年吉田桂二の木造建築学校を開校。平成16年吉田桂二の木造建築学院を開校。主として住宅・公共建築の設計に従事し数々の賞を受賞。著書多数。 |
「自然素材でつくる健康住宅」をうたい文句にした住宅が造られているが、はたしてそれは何を意味するのか。またうたい文句どおりの家が造られているのか。問題のありかの根元から見定めてゆく必要がある。

「長びく不況」は終わりつつあるというが、
家づくりにとっては反省の時期であった。
日本経済が不況から脱出しつつあるという。暗い世相が続いた中から、ようやく明るさが見えてきたとして、世を上げて歓迎ムードが盛り上がってきたようだ。しかし、前の高度経済成長のような状態になるのを、期待してはならないのではないかと思う。こと家づくりに関してである。
高度経済成長期からこの不況にいたるまでの期間は、住宅の大量需要をふまえて、住宅の機械生産化が極度に進んだ。建材や工法が以前の家とは別ものになり、様々な欠陥を露呈して住宅が大量に造られてきた。シックハウスが糾弾されるに至ったのは、造られている住宅の欠陥を示す氷山の一角だったのである。
景気が回復するからといって、欠陥住宅がまた大量に造られてるようにはしたくない。この不況は、量産した物の大量使い捨てが招来した現象と知るべきで、家づくりにとっては欠陥住宅を造ってきたことへの反省の時期だったとするのが至当である。
地球規模に及ぶ環境破壊が家づくりと生活に「革命」を要請した。
不況になってから、エコロジーと省エネが家づくりの大きなテーマになってきたことが、そのことを如実に物語っている。環境破壊が地球規模にまで拡大していることに対する危機意識が、家づくりにそのことを要請しているのは明白だ。多少オーバーな表現をすれば、欠陥住宅を克服する「革命」を求めているということができる。
しかし今、欠陥住宅が改善されてきているだろうか。これまで造ってきた住宅にさして手を加えないで、看板だけ掛け変えたような住宅が数多くある。
問題にしなければならない欠陥に気づこうとしていないのではあるまいか。機械生産化住宅が露呈している問題点を、明確に洗い出しておく必要がある。
大量消費時代に形成された家づくりが克服すべき問題点とは何か??
機械生産化住宅は、それまでの日本の家から進歩したとは言い難い。むしろ退歩したとさえ言える。その内容を5つの大罪として列記してみよう。
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木の隠蔽化
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建材の不良化
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家の密閉化
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間取りの小部屋化
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家の短命化
木の隠蔽化は木造ながら木の見えない家になっていること。建材の不良化はシックハウス問題などで明らかだ。家の密閉化は閉めっきりの空調生活。間取りの小部屋化は子供が部屋にこもって社会性が育たないこと。家の短命化は使い捨ての家になっていること。いずれをとっても家づくりの基本に関わる大問題が目白押しといったところだ。
環境保全の時代を招来させるためには、これらの問題点を克服した住宅を造らねばならない。それがエコ住宅であるはずだ。エコロジーと省エネをうたい上げている住宅が、はたしてこれらの問題点を克服しているのかが問われなければならない。
5つの大罪を意識したエコ住宅が造られているのか?
5つの大罪のうち、家の密閉化に掲げた家の密閉化について取り上げてみよう。エコロジカルな省エネ住宅として、高気密工断熱住宅として、高気密高断熱住宅が造られていることが、最大の背反事例といってよい。

高気密高断熱住宅は家を密閉化するので、環境との接点が断絶する。家の空間が環境と断絶すれば、そこでの生活が外界と断絶する。これは断じてエコではない。
家の空間が断絶すること、設備機器や住宅機器がいかに省エネ性を高めたとしても使わなければゼロなのだから、とてものこと、比較にならない。エコでないことは明らかだ。
5つの大罪のうちの木の隠蔽化についても、木材の見えないエコ住宅が数多くある。パネル工法にまで後退してしまった現状では、木の見える家の変革は不可能事なのであろう。わかっているのかいないのか。それをしもエコ住宅と称しているのは、エコロジーの意味を理解していないで、横文字で言えば新しくてよさそうだ、程度の認識しかないのであろう。
エコロジーは正しく「環境共棲」と理解すべきである。
エコロジーは、環境とそこで生きる生物との関係性を考究する学問だから、正しく日本語で訳すとすれば「環境共棲」。これならば変な誤解を生まないでよいと思う。
これからはエコと聞けば、環境共棲という言葉が反射的に思い当たるまでに普遍化させたいものだ。
家は環境を構成する要素になるけれども、そのエコロジー性が問われるのは、その物質の環境との共存性である。そして、また家が人間生活の容器なら、人間との共存性が問われることになる。
この二つの共存性をトータルしたものとして、「共棲」という言葉が最もふさわしいと考えた。「棲」はすみかであり、すまいだから、生活を容れた家を意味する。

広がり空間の家
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廊下をなくすことで部屋と部屋との一体化を実現。
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吹き抜けによる1階と2階との隔たりをなくす。
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引き戸による部屋の間仕切りによりつながりを演出。
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