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第十回 「環境共棲住宅の資質-8-近隣性」
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吉田桂二(よしだけいじ)
昭和5年9月16日岐阜県岐阜市生まれ。昭和27年東京美術学校建築科(現東京芸術大学)卒業。同年(財)建築工学研究会・池辺研究室入所。昭和32年同所退所(株)連合設計社設立。昭和34年(株)連合設計社市谷建築事務所に改組。平成12年代表取締役就任。平成15年吉田桂二の木造建築学校を開校。平成16年吉田桂二の木造建築学院を開校。主として住宅・公共建築の設計に従事し数々の賞を受賞。著書多数。 |
隣家との有機的関係性とコミュニティの造成を図る
隣家に迷惑を及ばさない家の形を造ることはその地域に建つ家の相互関係が動かし難い形に確定することを意味する。人間関係にそのことが及ぶ。
戸建独立主張型の家では町が置き去りになる
家を建てようとすれば、用意した敷地の枠内でしか考えることはできない。こんなことは当たり前すぎるが、自分の権利が及ぶ範囲内だから、法的規定には従うが、どんな家にしようと自由勝手でしょう。文句はつけさせませんよ。ということで家を建てる。こんなのを戸建独立主張型と呼んでみた。
実際にはそこまで開き直る人はあまりいないが、建てる家は隣家の状態などには全く関心を払わないのが通常であろう。だからやはり戸建独立主張型であることには変わりがない。
しかし、そうした家が並ぶ町では互いに無視するか、あるいはいがみ
門を廃止するのが近隣性獲得の第一歩になる
隣に住む人と挨拶を交わす関係になることが先ず必要なことである。そのためには門は造らないこと。朝、玄関から家の前の道路の清掃をすること。隣人も同じことをすれば挨拶せざるをえなくなる。門があるとその中だけの掃除では、なるべく眼を合わせないで済ませようとするからだ。その意味で門は入るのを拒絶する象徴的存在といってもよい。
門を造らなければその分工事費が安くなるが、便利になることもある。門があればポストはそこに付けるが、なければ玄関ドアの脇に取り付けて、外に出なくても郵便物や新聞を取ることができる。雨の日でもポストの中が濡れることはない。何日が留守にしても、ポストが満タンになることもない。一石三鳥ほどの名案なのである。(図1)
車は直角駐車する方がよい
カーポートは道路に対して直角駐車する方が、巾寄せ駐車するよりも面積が小さくて済む。土地の有効利用の点で有利ということだが、道路に対しても家の存在を遮閉する度合いが少ない。家の顔を道路に見せるのが門を造らない意味だから、車の直角駐車もまた同様の意味を持つことになる。(図2)
隣家の形と開口部の位置を見定めて造る
隣家といがみ合うことのない家の形を選ぶことは、近隣性を獲得するうえで最重要の課題である。隣家という既成事実にふりまわされるのは嫌だ、という考え方は戸建独立主張型の場合であって、それはむしろ逆に、既成事実があるから家の形が考えやすくなるというのが正しい。
例えば、隣家のこちら側に面した部分に平面上の凹凸があるとすれば、こちらの家もそれに合わせて凹凸をを造り、空地部分を隣り合わせて造れば、より天空の開けた庭ができる。(図3)もしそこに隣家の塀があって未通せなくなっていれば、これも幸いだ。こちらは塀を造らず敷地を目一杯使うことができるではないか。
隣家との関係で最も禁物にすべきことは、開口部が向き合うことである。隣家といがみ合いになる原因の多くはこのことに起因する。
「そちらから子供室の中が丸見えだから目隠しを取り付けてほしい」
「お宅の方が後から建てたんだから自分の方につけてほしいな」
「子供室の窓はこれ一つだから付けたくないのよ」
「うちは付けません」
こんなやりとりのあげくは、隣の野郎はいけすかねぇ、なんてことになってしまう。いがみ合いになる原因はこの程度のことなのだ。
隣家の窓と向き合わない位置に窓をとり、心くばりをしたことを隣家に気づいてもらう。これだけで和やかな隣人関係をつくり出すことができる。
隣家との相互関係を有機的に造り出すことができれば、その家はその場所に存在してよいことが確定すると考えてよい。
町屋に学ぶ家づくりと隣人関係
隣家といがみ合わない家の造りようは、以前から町屋が町並みをなしている古い町に存在していた。
通りから下がって建つ家はなく、玄関の戸が開いていれば家の中まで覗かれる。庭は家の奥の方に幾つかある。隣家とは猫が通れるほどの隙間で接しているが、その面に窓はない。お互いに戸建独立主張型の家ではなく、補完しあう形の家になっている。(図4)
家の中の方の庭には余地がないから、通りに面したところに鉢物を並べる。朝顔の棚をつくる。朝、家の前を掃除しながら朝顔に水をやる。
隣の奥様と顔を合わせる。
「よう咲いてますこと。ご丹精なさるから」などと言葉を交わす。縁台でもあれば並んで腰かけて話が弾む。家の奥から主人の声が飛んでくる。「何しとるんや、はよ飯にせんか」。
こんな情景が現出する町であれば、コミュニティの存在は明らかだ。エコロジカルな生活は一戸だけでは得ることができない。家を建てる最終的な目的は住みよい町にすることである。(図4)

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